読むもの

なみき書房『僕の人生には事件が起きない』書籍レビューvol.1

こんにちは、なみきです。

新企画、その名も『なみき書房』。

店主のなみきが自由なスタイルで推したい本について語ります。あなたも読んでみませんか?

今回おすすめするのはこんな本

日常に潜む違和感に芸人が狂気の牙をむく、ハライチ岩井の初エッセイ集!

段ボール箱をカッターで一心不乱に切り刻んだかと思えば、 組み立て式の棚は完成できぬまま放置。 「食べログ」低評価店の惨状に驚愕しつつ、 歯医者の予約はことごとく忘れ、 野球場で予想外のアクシデントに遭遇する…… 

事件が起きないはずの「ありふれた人生」に何かが起こる、 人気エッセイがついに刊行!

Amazonより

あえてこの言葉を使います。ハライチの「じゃないほう」である岩井さん。明るくて日向の存在である澤部さんに対し、決しておのずから前に出ることはせず、日陰でアンニュイな異彩を放つ岩井さん。

本書にもあるとおり、自分が「じゃないほう」であることはご自身がいちばん自覚されていることだろう。そして、そんな立ち位置を気に入っているのではないかとさえ思うほど、彼のキャラクター性にしっくりきている。

私はといえば、戦隊モノでもブルーやグリーンに俄然興味のわく人間。いつもスポットライトを浴びているレッドなんて存在には微塵も親しみを感じられない、私も日陰側の人間。

「じゃないほう」である岩井さんは普段なにを考えているのだろうか??そのミステリアスな素顔を垣間見ることができる、美味しいエッセイだ。

この本を手にしたきっかけ

先日、日曜日の昼下がり。たまたま付けていたテレビのお笑いの特番で、『塩の魔神・醤油の魔神』なるコントを見た。渡辺直美さんと、ハライチ岩井さんによる独特の世界観を醸し出す歌ネタである。

そこで、かつて一度だけ雑誌で見かけた岩井さんのエッセイ連載を思い出した。そういえば本になっていたんだった。

気になってはいたものの、以前話題性だけで選んだ他の芸人さんのエッセイを読んでみたところ期待はずれだった記憶で、食わず嫌いしていた。

そんなことを何気なくツイートしたら、「ゼッタイ読んだほうがいいですよ!」とお墨付きをもらった。図書館のサイトで蔵書を調べると、なんと7人待ち。どうやら人気は本物のようだ。私はすぐさま本屋に向かった。

タイトル通り事件などない

『僕の人生には事件が起きない』という、どこか引っかかるタイトル。これはライトノベルをイメージして付けられたらしいが、この本というものを正しく表している。

今をときめく芸人さんのエッセイといえど、華々しいテレビ業界の話などほぼ皆無。岩井さんの(あえて言おう)地味な日常が独自の視点で切り取られている。

庭の木が気になったり、通販のでかいダンボールと格闘したり、あんかけラーメンの汁にハマったり、同窓会を開く人間をなじったり。お笑い芸人である前に一人の人間として、岩井さんが生活している姿がありありと想像できるものとなっている。

人間である限り、だれしもが生きる上で地味な作業を日々強いられている。それが生活であり、生きているということだ。

棚が説明書どおりに組み立てられず舌打ちしたり、ひそかなマイブームにホクホクしたり、老若男女みんな同じであり、それこそが共感を呼ぶ人間らしさだったりする。

そんな誰にでも起こりうる小さな出来事にも、こんな可笑しみが存在しているのだということに気づかせる、これはある種の彼オリジナルの「お笑い」だ。

淡々とした文章により不思議と読む者の共感を呼び、じわじわとした特殊な可笑しみを覚えさせてくれる。

独特の味わい深さ

「お笑い」つまり人を笑わせよう、と思ったら普通はワーッとテンションをあげるのがこの世界の定石だ。

しかし彼の文章は「むやみに盛り上げよう」なんて微塵も思っていないのがわかる。

粛々とつづられる日々の出来事。しかしその独特の静けさのなか、客観的に見て狂気ながらも誰しもが多かれ少なかれ持っているだろう偏った視点がムズムズとした不協和音を生む。これが癖になるのだ。

おいおい、と思う読者の心を平気で置いてけぼりにしながら、淡々と歩みを進めてしまう。爆笑はないかもしれない、でもこれは完全に面白い本なのだった。まさに「ジワる」というやつ。

そして忘れてはいけないのが表紙の味わい深さだ。岩井さんが一人、どこかの公園のベンチに腰掛け、物憂げな表情でペットボトルの水を飲んでいる、ただそれだけの写真。

一見「これを表紙にするか!?」とツッコミを入れたくなるような地味さなのだが、ふと本の途中で、はたまた読み終えたとき、繰り返し裏返して見たくなってしまうのだ。

完璧なデザインだった。この本の空気感、岩井さんの人間性、すべてを一寸の狂いもなく物語っている。

おもわずジェラシー

夜、寝る前の落ち着いた時間などにご褒美のように数話ずつ読み進めていたら、昨日ついに読み終えてしまった。どこかさみしい。

あとがきを読んでいると、テレビで用いられるような分かりやすくジャンキーな笑いを引き合いに、自分はそれに抗っているのだという旨の記述がされており、私は愕然とした。

まえがきに「たまたま書かされた」みたいなことを書いておいて、この人、ぜんぶ計算通りだったのだ…!!!

くやしい、もう一冊。

この人の書く笑いを、また読みたい。